2020年8月 禁止への侵犯、かも?

-セックス・ピストルズから遠藤ミチロウ、Prince経由し欅坂46に至るまでの私的音楽系譜に無理矢理consistency を求める-

初めてセックス・ピストルズと出会ったのは中学生の時だった。衝撃の出会いだった。時はプログレッシブロック(プログレ)かハードロックか、はたまた南沙織の美脚かと言われていた時代であった。バンド名が与えるインパクトに加え、バンドの存在そのものがアナーキーであると称され、能天気でちょっとだけませていた中学生の僕ちゃんは完全に魅了されてしまった。但し残念なことに、アナーキーという名詞をファッショントレンドの一形容詞としか認識していなかった。中学生なのでしょうがないけど、もしプルードンが今の時代に生きていたら激怒していたに違いない。

 さて、そのセックス・ピストルズを知った1~2年後にベーシストがSid Viciousに交代し、それからSidは唯一無二の圧倒的カリスマとなった。僕ちゃんはすでに高校生になっていて、自分のことをオレと呼び始めていた。音楽雑誌で見る彼のファッションやFM電波を通して聴く音楽(決して上手いわけではないが…)等の知覚されたもの全てが許容され、自分自身の生き方として無批判に消化されていった。しかしながら、消化吸収したのは知覚された現象そのもののいわば表層で、親父のポマードを使って髪の毛を鶏冠上にして学校に行き、「おっ、アナーキーだな」と言われては「そうだべ。オレはアナーキーなんだ」と返し、お前らとは違うんだオーラを出しまくっていた。今となっては赤面ものである。特に化粧や服飾ではない、内面的な美しさを説いて煙たがれている娘には知られたくない、絶対に。

 その時代のすぐ後にSidの延長線上として、日本のミュージックシーンにおけるザ・スターリンの遠藤ミチロウにも同時に傾注していった。日本のアナーキーバンドとも形容されていた。だがそれは音楽というよりはキワモノに近いもので、ライブハウスでの興行では豚の臓物は飛び交うは裸で放尿をし始めるは、会場のあちこちで喧嘩がはじまるは、それを見いている観客達も興奮してステージに上がって演奏者に殴り掛かるなどして異様なライブであった。ある意味お決まりでもあった。高貴さを演出しクラシック音楽好きを自認する人や額にしわを寄せてコヒーを飲むジャズ喫茶入り浸り連中には、完全に非生産的な見世物音楽としか投影されていなかった。

さて、時は飛んでオレは大学生になった。「お前らとは違うんだ」オーラを相変わらず出しまくっていたオレは、入学早々に出来た同級生の可愛い彼女とヘラヘラ遊んで過ごす大学生だった。今で言うとチャラ男である。ところが、その彼女が無類のミネアポリス・サウンドの信奉者で、プリンス好きであった。初期のプリンスは、まだミネアポリスからニューヨークに出てきたばかりで、エロティシズム全開で、まだ音楽性よりもこのエロを前面に出したキワモノ系ミュージシャン扱いを受けていた。当時彼女にぞっこんのオレは無批判にもその彼女の延長にあるプリンスに魅入られた。以来、2016年に彼がオピオイドのover dosing によってミュージシャンらしい死に方をするまで、プリンス一色であった。日本公演があれば大阪や福岡まで追いかけた。その間当然社会人になっており、自分を「私」と平気で呼ぶようになっていた(あたりまえか)。

と、セックス・ピストルズからプリンスまでは何となく音楽に関する志向(且つ指向)のconsistency が語れるような気がする。彼らは一貫して禁止された肉体や精神のエロティシズムを侵犯しようとする欲望を見事に喚起する存在であり、労働や貯蓄などの生産活動とは対極にある非生産性に自分自身の価値を見出した、と言うよりは見出したいという欲望の表れだと思う。このまま突き進めば、いよいよ残るは、宗教上の聖なるエロティシズムの侵犯しかない。こりゃあ、もう社会人定年間近にして犯罪的な音楽に走るしかないのではと思っていたところに、ポンと飛び込んできたのが、アイドルグループの欅坂46であった。かわいい~。

さて、このブログの副題にも記載のように、私的な音楽系譜のconsistency を欅坂46まで書こうとしていたのだが、どうもプリンスからこの欅坂46に至る脈絡が書けない、というか一貫性が見出せない。どうやら欅坂46は、ウィットゲンシュタインが言うように「語り得ないもの」なのかもしれない。ここ数日悩んだけど、筆が全く進まず、このままだと編集者に怒られそうだ。もう脱稿しよう。
オチが全く不明な文章になってしまった。でもかわいい~!

2020年8月 HM